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福岡地方裁判所 昭和37年(ワ)532号 判決 1963年5月01日

原告 武田イク

被告 株式会社清水商店 外一名

主文

被告らは、原告に対し、各自金五十三万一千三百四十七円およびこれに対する昭和三十七年六月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

被告らが各自金二十万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは、原告に対し、各自金百十一万一千六百六十五円および昭和三十七年六月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として、

「一、被告猿渡正は、被告株式会社清水商店(以下「被告会社」という。)の従業員であつて、被告会社の事業のための運転の業務に従事するものである。

二、被告猿渡正は、昭和三十六年七月二十八日、被告会社所有の普通貨物自動車福四そ一三四六号を運転して、前記業務に従事中、同日午前十時四十分頃、時速十五粁で福岡市高宮本町四十三番地先丁字路に差しかかり、右折しようとした際、自転車に乗つて対面進行中の原告を認めたが、かかる場合被告猿渡正としては、原告の動向に注意し、一時停車等の措置をとる等して事故の発生を未然に防止すべき義務があるのに、これを怠り、漫然とそのままの速度で右折進行した過失により、右貨物自動車前部を原告の自転車に衝突させて原告を路上に転倒させ、よつて、原告に対し、右顔面挫傷、右胸部、両膝部、手足部打撲下顎および上顎骨折等の傷害を負わせ、このため、右耳介脱落上下歯列の変形および右口唇辺縁部醜形瘢痕の傷痕を残すに至らしめたものである。

三、原告は右傷害により、次のとおりの損害を蒙つた。

(一)  金六万七千九百八十五円  治療のため野川外科医院に支払つた費用

(二)  金四万二千円 同医院に入院中の看護人および自宅留守番人の給料

(三)  金四万四百七十七円    右入院中の雑費

(四)  金一万五千円       杖立温泉において療養した費用

(五)  金五千円         瘢痕を除去する手術に要すべき費用

(六)  金一万五千八十八円    変形した歯列矯正等の治療に要する費用

(七)  金三十二万三千円     右耳介欠損を整形手術するために要すべき費用

(八)  金六万九千円       昭和三十六年九月二十六日より昭和三十七年二月十日までの百三十八日間、原告の営む洋裁業を休業したことによる一日五百円の割合による得べかりし利益を失つた損害金

(九)  金一万二千円       昭和三十七年二月十一日より同年三月三十一日までの労働能力の減退による二百五十円の割合による得べかりし利益を失つた損害金

(十)  金十二万円        瘢痕、歯、耳手術治療のため入院すべき一ヵ年間の休業日数二百四十日分一日五百円の割合による洋裁による収入を得られない損害金

また、原告が、大正八年十二月十二日生れで、結婚適令期を迎えつつある三人の子女および二人の男子の母親として、月収約二万円の会社員である夫とともに、子女の養育にあたるかたわら、洋裁業を営んでいるものであり、一万被告らが雑穀、飼料等の販売を業とし、八台の貨物自動車、二十人の従業員を有する株式会社およびその従業員であることに照し、原告が、前記傷害により容貌一変し、整形手術によつても瘢痕を完全に除きえないこと、ならびに、右傷害により受けた直接の苦痛および現在もなお気候により頭痛、倦怠感を覚え、仕事の能率も減退せざるをえないことによる精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料の額は五十万円を相当とする。

しかるに、被告らは、原告に対し、前記損害のうち、(一)の金員および(二)の内金三万円を支払つたのみで、その余の請求に応じない。よつて被告会社に対しては、民法第七百十五条または自動車損害賠償保障法第三条のいずれかに基き、被告猿渡正に対しては、民法第七百九条に基き、被告らに対し、各自右損害金の残額および慰謝料の合計百十一万一千六百六十五円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三十七年六月六日から支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

と述べ、被告らの主張に対し、「原告が税務署に洋裁業による収入の申告をしていないこと、および原告の使用していた自転車がコースター式であつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。」

と述べた。(証拠省略)

被告らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行免脱宣言を求め、答弁として、「原告主張の日時、場所において、被告会社の従業員として運転の業務に従事している被告猿渡正が、右業務に従事中、その運転する被告会社所有の自動車が原告の自転車に衝突し、そのため原告にその主張のとおり傷害を与えたこと、被告が入院治療費および留守番人給料として原告主張のように支払いをしたことおよび被告会社の営業は認めるが、原告の身上関係は知らない。被告会社の所有自動車は小型トラツク三台、従業員は十名である。その余の事実は否認する。原告主張の損害は前記傷害によつて通常生ずべき損害ではなく、また原告は洋裁業を営むものではなく、税務署に洋裁による収入の申告をしていない。」と述べ、抗弁として、

「一、被告会社は、被告猿渡正を採用するにつき、厳重な採用試験を経て同人を運転手として雇い入れたものであり、また同被告の運転業務の実施にあたり、同被告に対し、常に事故防止について注意を与えるなどしてきたものであるから、同被告の選任監督につき相当の注意を払つているというべきである。

二、またかりに、被告猿渡正に運転上の過失があつたとしても、原告はブレーキがコースター式である等構造装置の不完全な古自転車に乗つていた点および前方注視を怠り、被告猿渡正の運転する自動車の方向指示器に注意しなかつた点に過失があり、このことは損害賠償の額について斟酌されるべきである。」

と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告猿渡正が被告会社の従業員であつて、被告会社の事業のために運転の業務に従事するものであること、原告主張の日時、場所において、被告猿渡正が被告会社所有の普通貨物自動車を運転して右業務に従事中、右自動車が原告の乗つていた自転車に衝突し、そのため原告がその主張の傷害を負つた事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告猿渡正の運転上の過失の有無について判断するに、いずれもその成立に争いのない甲第二号証の四ないし六によれば、被告猿渡正は、前記日時頃、時速約十五粁で前記自動車を運転し、前記場所の丁字路に差しかかり、方向指示器をあげて右折しようとした際、前方から自転車に乗つて対面直進して来る原告を約九米手前で認めたが、同被告の自動車がそのままの速度で右折して行つたのに対し、原告がこれを認め、自転車の進路をその右方に向けて同被告の自動車を避けるように見えたので、そのまま原告の自転車の前方を通過できるものと思い、減速または一時停止の措置をとることなく右折進行したところ、右自動車を原告の自転車に衝突させ、被告を路上に転倒せしめ、よつて、原告に対し前記傷害を与えるに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、右事実によれば、同被告としては、丁字路を直進している原告の自転車を認めながら右折進行しようというのであるから、右折の方向指示器をあげていたため、原告がこれに気がつき避譲する余地があるにしても、充分に前方を注視し、原告の自転車の動向に万全の注意を払い、一時停止またはさらに最徐行の措置をとるなどして事故を未然に防止すべき注意義務があつたものと言わなければならないところ、同被告は右注意義務を怠り原告が避譲してくれるものと軽信して、慢然そのままの速度で右折進行したのであるから、前記衝突は被告の過失によつて惹起されたものと断定せざるをえない。

三、次に損害の有無および損害額について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第三号証の一のイ、証人武田美也子の証言により、いずれもその成立を認められる同号証の一のロ、ハ、ニ、のイないしカ、三のイ、ロおよび同証人の証言によれば、原告が前記傷害の治療に関して、その主張する請求原因三の(一)ないし(四)の各費用(ただし、(三)は金四万七十七円、(四)は金一万四千九百八十円)の支払いをしたことが認められ、右に反する証拠はない。しかして右(一)、(二)が前記傷害による原告の支出としてやむをえないものであつたことは明らかであり、また(四)についても、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、医師の勧めで温泉に療養に行つたものであることが認められ、被告の受傷の程度を考えれば、この程度の療養もまた相当と考えられるから、これまた前記傷害によるやむをえない支出とみるべきである。さらに前掲各証拠によれば、(三)の雑費中には、見舞人のタクシー代、見舞人および原告の食事代、米代、扇風器代が含まれていることが認められるところ、前四者は、必ずしも前記傷害によつて原告が支出しなければならなかつたものともいえず、また、扇風器は前記証人の証言によれば、現に自宅で所持していることが認められるので、その代金を損害額とすることは相当でないが、(その他衣料品等消耗の度の激しいものは一応全額を損害とみうる。)これらの金額を控除した残額合計金二万三千二百六十七円はいずれも入院中の必要雑品や特に患者に必要な食品代等であつて右傷害による出費としてやむをえないものと考えられる。

(二)  次に証人村田正の証言および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は洋裁業を営み、一日平均五百円の収入をあげていたところ、前記傷害により、営業に従事することができず、請求原因三の(八)、(九)各記載の日時、限度以上の得べかりし利益を失い、同記載の損害を蒙つたことが認められ、右に反する証拠はない。(税務署への申告がないことは右認定の妨げとはならない。)

(三)  ところで、原告主張の請求原因三の(五)ないし(七)記載の各傷痕の除去、耳の整形に要すべき費用については、前掲甲第一号証、原告本人尋問の結果(第一回)によりいずれもその成立を認められる甲第三号証の四ないし六および右尋問の結果によれば、原告が希望して整形等の手術を受ける場合に一ヵ年に亘る入院および前記載の費用を要すべきこと、ならびに原告がその手術を受ける希望を有していることは認められるが、証人野川延吉の証言によれば、傷痕は残つているけれども、一応治癒したものであること、および整形等の手術を受けるか、手術を受けることなく頭髪で隠しておくことにするかについて原告自身も必ずしも決断がついていないことが認められ、また、したがつて手術を受ける予定の時期についてもこれを認むべき証拠はない。してみると、右のように手術の苦痛に堪え少なからぬ費用を支出してまでも整形等の手術を受けるか否かについて迷うほどの傷痕を残されたという事実が、慰謝料算定のための事情として深い考慮を払わなければならないことを別として、現に退院後一年半を経た今日なおその手術を受けておらず、いまだ確定していない右手術に支出すべき費用を現在直ちに原告の受けた損害とすることは早計といわねばならない。そして、右と同様の理由によつて、右手術のための入院による利益の喪失としての請求原因三の(十)の損害も、たやすく肯認することはできない。

以上のとおりであるから、前記傷害により原告の蒙つた損害は前記請求原因三の(一)、(二)、(四)(ただし、(四)は金一万四千九百八十円)、(八)、(九)および(三)の内金二万三千二百六十七円合計金二十二万九千三百三十二円とすべきものである。

四、次に慰藉料の額について考えるに、証人武田美也子、同村田正の各証言および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告が事故当時四十一才の婦人であつて、その主張のとおりの身上関係を有していること、および前記傷害のため原告が現在も耳鳴り等に悩まされ、精神の安定を得られないでいることが認められ、一方被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社がトラツク三台従業員十名を有する雑穀、飼料の卸販売会社であることが認められ、右各認定に反する証拠はない。しかして、原被告に関する右事情に、前認定の傷害の程度、耳介欠損を含む顔面その他の傷痕の存在、その治療可能性、および加害の態様等諸般の事情を考慮するとき、慰謝料の額は金四十万円が相当である。

五、以上の事実によれば、被告会社は、自己のために自動車を運行の用に供するものであつて、その運行によつて原告の身体を傷害したものであるから、これによつて生じた前記損害を原告に賠償すべきものである。被告会社は抗弁として被告猿渡正の選任監督につき相当の注意をした旨主張するが、原告は民法第七百十五条のいわゆる使用者責任と択一的に自動車損害賠償保障法第三条の責任をも追及しているものであるから、たとえ選任監督に相当の注意をしたとしても(運転者である被告猿渡正に前認定のとおり過失の認められる本件においては)、それだけで被告会社の責任を否定する理由とはならない。また被告猿渡正は、その過失により原告の身体を害し、前記損害を与えたものであるから、同様右損害の賠償をする責任を免れることはできない。

六、次に被告らの過失相殺の抗弁について判断するに、前掲甲第二号証の四、五、六、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原告は、自転車に車乗つて、被告猿渡正の運転する貨物自動車と対向して進行し、福岡市高宮本町四十三番地先丁字路に差しかかつた際にも、前方および左方のみに注意し、右折しようとする右貨物自動車およびその方向指示器に全然気付かずに進行した事実が窺われる。しかしながら、右方向指示器が丁字路のどのくらい前からあげられていたかを明らかにする証拠は何もないばかりでなく、原告は丁字路を直進しているものであつて、前掲各証拠によつて推認される原被告の位置関係からみて、たとえ、右自動車およびその方向指示器に原告が気がついていたとしても、自動車の運転手の方で、自己の右折する方向の車に注意して減速、避譲の措置を取るものと考えるのが当然であるから右事実から原告に過失ありとすることはできず、他に原告の過失を認めるに足る証拠はない。また被告らは原告の自転車がコースター式であることをとらえて、これに過失ありと主張するが、コースター式であつたためブレーキがきかず、これが右衝突の原因を一端をなしたという事実を認めるに足る証拠は何もない。

したがつて、被告の右抗弁は到底採用できない。

七、しかして、被告らが前記請求原因三の(一)の金員および同(二)の内金三万円の支払いをしたことは当事者間に争いがないので、原告の請求は、被告らに対し、各自、前記三の残金および四の金員の合計五十三万一千三百四十七円およびこれに対する不法行為の後である昭和三十七年六月六日から支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当であるから、右限度で原告の請求を認容しその余の請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項但書に、仮執行の宣言および仮執行免脱の宣言については同法第百九十六条にそれぞれ従つて、主文のとおり判決する。

(裁判官 楠賢二)

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